工事現場というのは気を付けていても何が起こるか分からない。でも、見事に地面に飛び散ったお昼ごはんを片付けていると流石にちょっと込み上げてくるものがある。
「アララ大丈夫?火傷してない?」
「うん。ごめんねぇ、台無しにしちゃって。すぐ新しいの持ってくるから」
材料を取ってきてくれた人にも作ってくれた人にも食べるのを楽しみに待ってる人にも申し訳ない。また誰かの仕事を増やしてしまった。
儘ならない。さっきは真っ先に来てくれたゲンくんと私の後からやって来たコハクちゃんがカバーしてくれた。実はというと昨日は陽くん、一昨日は銀狼くんに助けられている。
司くんの所にいた時は日陰に座って誰かの話を聞いてるだけで良かった。今となってはそうもいかなくて。
頑張る方向を間違えてる。居合わせた誰かが支えてくれるから歩けてるだけで。そんな自覚は立派にあるのだけれど。
「浮かない顔だな」
ハリのある元気な声が横からして、丸まっていた背筋が思わず伸びた。
忙しい身でありながら毎日楽しそうに駆け回っている人。龍水くんが私に差し出したのはサンドイッチだった。挟んであるのはジャムだったりチーズだったり、材料は意外とまかなえるもので、シェフの腕が確かな証拠でもある。
「わざわざありがとう。……おいしい。でもどうして?」
「名前に用があってな、人事異動だ!」
人事異動。クビではないらしい。もしかして窓際?それもないか、龍水くんも千空くんも人手は余さず使いたいはず。
「今からフランソワの所に行って欲しい」
人手不足で助けに入ってから抜け出すタイミングがどうにも分からず、なんとなくそのまま流され、向かない現場で今日まで過ごしてきた。きっと色んな人に気を遣わせてしまった。
「ごめんね龍水くん。言われなくても分かってたのに、言わせちゃった」
「それは違う。俺は前々からそうしたかったが、引き止める声が想定以上に多くてな」
「どこも忙しいもの。一人でもいた方がって思うんじゃないかなぁ」
龍水くんは私を訝しげに見つめている。何を言ってるんだとでも言いたげだ。煌めく水面みたいに明るい彼の瞳は、今日に限っては何故か灼熱の太陽のようだった。
「毎日誰かに世話を焼かれているようだが……本当は、他の誰よりも俺が一番に手を差しのべたいと思っている。だがこの状況ではそうもいかん!フランソワがそばにいるなら状況も多少把握しやすいというわけだ」
まあまあ凄いことを言われているような、でも深く考えたらいけないような。とにかく、彼の一声で私はもう少し自分の取り柄を活かせそうなので「ありがとう」を返した。
「用件は以上だ。貴様も行くか?」
「うん……あ、そうだ龍水くん」
さっきから彼の顔をまじまじと見ていたが少しだけ疲労の色が窺える。だから目がギラギラしていたのかもしれない。
「もしかしてあんまり眠れてない?お話しならいつでも付き合ってあげられるんだけど……私でもできることがあったら何でも言ってね」
龍水くんにはフランソワさんがついているし、彼だって自己管理はしっかりできるのだろう。一人じゃ動けもしない私に言われたくないだろうけど、ついお節介を焼いてしまった。
「フゥン、何でもか。言ったな?」
グイと端正な顔が近付いてきて、私の目を覗き込んだ。どこにも触れられていないのに肌の熱まで伝わってくるようなヒリヒリとした空気だった。
「考えておこう。しかし俺に強請らせるからには覚悟を決めろよ」
「変な龍水くん。おねだりなんていつもしてるじゃない」
「ん?いや、そういうことじゃあないんだが」
やっぱり彼はちょっとばかりお疲れ気味だ。早速だけど、これはフランソワさんの耳に入れておいた方が良いだろうか。
「名前……貴様やはり手強いな。だからこそ欲しい!」
「はあい、私にできることならね」
頼もしいリーダーや、親切な仲間たちのこと、気を取り直して今日からまたしっかりと支えていかなければ。
2021.2.13
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